「たま」の「さよなら人類」

数年前に2ちゃんねるでバンド「たま」の「さよなら人類」の歌詞が話題になった。どのような事が歌いこまれているのかという事だ。


自分自身、リアルタイムで「たま」の「さよなら人類」を聴いて凄い衝撃を受けたけど(土曜の夜、徹夜の現像作業のとき三宅裕司司会の

「いかしたバンド天国」を休憩の時よく見ていた。「たま」が勝ち抜いて2週目か3週目の曲が「さよなら人類」だったかな?)、今の若者がそれに反応す

るということについて時代と言うのか、時代の雰囲気と言うのか、若い感性が今の時代の空気を読み始めているのだなと感じた。


アメリカの衰退(アメリカに従属する日本の衰退)、中国の台頭、日本の衰退に追い打ちをかけるような東日本大震災、そして福島第一原発事故。死なな

い人はいない(人は必ず死ぬ)、永久に続く国家は無い、終焉を迎えない文明は人類史上存在しない。
漠然としているけど、これから自分達はどうなって

しまうのか、その不安が「さよなら人類」に歌いこまれている(人類に別れを言うのだからね)。



1990年に「たま」はメジャー・デビューを果たし大騒ぎになる(1992年くらいからバンドブームは下火になるが、2003年解散するまで地味でもライブ活動

をつづけた)。「さよなら人類」も当初は環境問題を歌っていると解釈されていたが、作詞した柳原幼一郎の印象に残る一言がある。メディアのインタビ

ューを受けて柳原が「さよなら人類」について聞かれた時”みんなは環境問題の事とかと言うけれど、(そんなつもりは無い)みんなHばかりしていると

猿に成っちゃうぞーとそんな事を歌いたっかた”読んだ当時は理解できなかったけれど50歳を過ぎた今、冷静に考えてみるとそのとうりなのだ、そのとう

りの世の中になりつつあると思った。

サビの「今日、人類は始めて木星についたよ。ピテカントロプスなる日も近づいたんだよー」も科学技術を発展させたけど、人間自身がどんどん愚かにな

っている。例えば福島第一原発の事故も効率性と利益性の産物である原子力発電所を、利益性を優先してその危険性を無視したが為に大事故になってしま

った。

人間は愚かだとまるで童謡の様な歌詞で歌っている。


こんなこと書いていても、面白くないので下に私なりの「さよなら人類」の解釈を書きます。2ちゃんと重なる部分もありますが、読んでください。




歌:たま             作詞:柳原幼一郎             作曲:知久寿焼
 







二酸化炭素をはきだして あの子が呼吸をしているよ

(真空宇宙の 惑星大気の層という奇跡のなかで)

どん天もようの空の下 つぼみのままでゆれながら

(人類はいがみ合い、争いながら進化の途中で生きている)




野良犬は僕の骨くわえ 野性の力をためしてる

(動物は凶暴な野生を決して捨てない→人間も同じだ)

路地裏に月がおっこちて 犬の目玉は四角だよ

(宇宙的なイベントにより生物はその姿をかえる(例えば6500万年前巨大隕石の衝突により、種の流れは爬虫類から哺乳類に変わった))



※今日人類がはじめて 木星についたよ

(人類の科学進歩により木星までたどりついた)

ピテカントロプスになる日も 近づいたんだよ※終了

(だけど人類は堕落して、理性・知性のない野獣・原人・野蛮人に近づいた)









アラビアの笛の音ひびく 街のはずれの夢のあと

(人類最初のメソポタミヤ文明は滅びて、もはや遺跡をのこすのみ)

つばさをなくしたペガサスが

(メソポタミヤ文明にはたくさんの宇宙に対しての伝説や神話があった(ペガサス)、今は伝説や神話を捨てた人類(つばさをなくしたペガサス)が)

夜空にはしごをかけている

(科学(はしご)で宇宙をめざしています)

武器をかついだ兵隊さん 南にゆこうとしてるけど

(文明には侵略戦争(領土の拡大)がつきものだ)

サーベルの音はチャラチャラと 街の空気を汚してる

(戦争は人間の精神を荒ませて、だめにしてしまう)

(※くり返し)

歌をわすれたカナリア

(芸術の意味を忘れた芸術家)

牛をわすれた牛小屋

(国家・法律・制度の意味を忘れた役人・政治家(或いは統治システム))

こわれた磁石を ひろい集める博士は まるはげさ

(科学の真理を探求する科学者は冷酷な論理家(科学者は自分が研究する事が現実の世界にどのように影響するのかが考えられない人たち))

あの子は花火をうちあげて この日がきたのを祝ってる

(人類はついに愚かにも核ミサイルを発射してしまう。核戦争は科学発展の到達点)



冬の花火は強すぎて 僕らの身体はくだけちる

(だれも望まぬ核兵器は人類(肉体・精神・文化・文明)を破壊する)

ブーゲンビリアの木の下で 僕はあの子を探すけど

(キノコ雲のした生き残った人類を探すけど)


月の光にじゃまされて あのこのカケラはみつからない

(放射能にじゃまされて生き残った人類を見つけられない)

(2回くり返し)



さるにはなりたくない さるにはなりたくない

(野蛮人にはなりたくない、野蛮人にはなりたくない)

こわれた磁石を 砂浜でひろっているだけさ

(理性と知性をもった人類として生きたい(磁石はmagnetではなくcompass、迷いながら進むべき方向を探すのは知性・理性その物))

※くり返し)


さるになるよさるになるよ

(結局、文化・文明(理性・知性・道徳・倫理)を失えば野蛮人になるしかない)





追記:「今日、人類は始めて木星についた」はどうしてもスタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」を思い出すし。知性や理性、道徳や倫理を

持たず凶暴な野生は同じく「時計じかけのオレンジ」の主人公アレックスかな。核戦争は「博士の異常な愛情」。作詞の柳原もこの辺の影響受けてるのかな。

追記2:よく「2001年宇宙の旅」を難解でわかりにくいと言われる方が居ますが、自分も初見は煮えきれないものがありました。しかしアーサー.C.クラ

ークの原作を読むといい具合に原作が映画を補完してくれていて、そうゆう事だったのかと納得できることが沢山あります。映画を見てしっくりこなかっ

たら原作を読むことをオススメします。


サヨナラ人類(オリジナルバージョン)
これがオススメです。

さるには味覚があるのか?

ケーキの甘さを感じ取れるか分からない?



追記3:意外と「2001年宇宙の旅」でヨハンシュトラウスの「美しき青きドナウ」が流れるシーンの人工衛星のことについて知らない人がいるので簡単に解

説します。

アフリカの最後のシーンで猿人が投げ上げた骨(獲物を獲得し、争う相手を殺戮する武器)が人口衛星になります。武器が科学を発展させてその結果とし

て宇宙への進出を賛美しているように見えますが登場する衛星は核弾頭ミサイルを装備した軍事衛星で武器そのものなのです。

映画の時代設定としては核戦争ぎりぎりの世界と原作にはっきり書いてあります。




アメリカ軍




ソ連(ロシア軍)








ドイツ軍







フランス軍















































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